2011年2月27日日曜日

なんと旨い中華料理!



金曜日夜久しぶりに娘(長女)と食事をした。娘の希望で日本橋にあるマンダリン オリエンタル東京の37階にある中華料理の店「センス」。私も娘も少食派なので北京ダックを中心に何品かオーダーした。まあ、それにしても北京ダックの美味しさといったらもう例えようがないくらい。
なんとも言えないいい香りと味が舌に残った。
私は全くグルメではないが、ここの料理は推奨できる。娘と話も弾み幸せな週末でした!

2011年2月2日水曜日

「医療の現場」テキスト完全保存版2月号が出たよ!

今月号は「医療の現場」の2月放送分のテキストです。今月の放送は2月5日・6日が食道がん、12日・13日が在宅緩和ケア、19日・20日が膀胱がん、26日・27日が膵臓がんをとりあげています。
いずれも重たいテーマですが、誰もががんに冒される可能性があります。
テキストをよんでテレビを見るとさらに分かりやすいでしょう。
テキストの中で私が告白しているのですが、私の親しいテレビ局の友人が20年前に食道がんになり手術をしました。食道の全摘出手術で、この時は成功しました。が、17年後再び食道がん(実際には胃を引っ張り上げて作ったものだけど)が現れ、今度は残念ながら命を取られました。
悔しかったなぁ!いい男だったのに。神を恨みましたよ。

2010年12月24日金曜日

ディナーショーに行った!

先日朝の番組終えてジムに行き、TBSラジオに出て、それから対談ひとつやって夕方から森進一くんのディナーショーに行った。もちろん奥さんも一緒。
明治記念館の一番広い部屋で森進一ファン約400人。予約制で電話早い順で、予約できた人だけが出席できたんだそうだ。我が家は毎年の年中行事のように森くんのディナーショーだけは出ている。
ディナーが終わったところで7時からショーが始まった。森くんの歌はいつ聞いてもいいなぁ!彼ももう63歳になるんだけど、声は声量、音質ともになんら落ちるところなく、聞くものの心をしっかり掴む。
圧倒的に女性のファンが多かったが、実にアットホームな雰囲気につつまれた暖かい感じのディナーショーだった。森くんは幸せもんだなぁ!そう思えた一晩だつた!

2010年12月10日金曜日

念願の人に会ってきた

月曜日(6日)からロサンゼルスに取材出張。永年の夢だったあの名優にして名監督、クリント・イーストウッドさんに会ってきた。
ワーナーブラザーズが配給元の映画『ヒアアフター』が来年2月に日本でも公開されるが、公開前にあたり監督のクリント・イーストウッド氏にインタビューできることになったもの。
同氏へのインタビュー希望は日本のメディアだけでも十数社。私たちにあたえられたのは僅か15分!!
通訳も入るので何問質問出来るか心配していたが、意外に聞きたいことはほぼ聞けた
クリント・イーストウッド氏は80才!
聞き手私70才!
合わせて150才!
うわぉー超高齢インタビューだぁ!
氏はにこやかでゆったりと構えとてもいい雰囲気だった。品格を感じさせる人物だ。私が思っていた通りの一流の映画人だった。
インタビューを終わって
私が胸につけていた「無敵」バッヂを彼にプレゼントしました。ノーエネミィ、で納得。僕らの後のインタビューでは彼の胸には無敵バッヂが光ってました。日本の雑誌や新聞のインタビュー写真にはそれが見て取れるでしょう。

2010年11月27日土曜日

一応決意表明

 大腸がんの手術をしてから5年の月日が流れた。2005年10月6日の手術からちょうど5年経ったその日、手術の執刀医、澤田仁先生から「5年経ちましたねえ」という電話がかかってきた。私はあいにくその時間外出していたが、家人からその話を聞いて深く感じるところがあった。澤田先生がその日を覚えていてくれたことに感謝と驚き。そして、そのとき私の中で「これはもう先延ばしにする訳にはいかんなあ」というある種の感慨があった。
 それはがんの手術体験についてある出版社から「本にしないか?」という提案があったのだが、いつまたがんが再発するか分からない身にとって、そう簡単には書けないという気持ちが強かった。本を出したとたんに死んじゃった、というんじゃホントに洒落にもならないなあ、ということだ。でもいつかは私の経験はきちんと同じがん患者や家族また将来の患者予備軍に対し書き残しておきたいという気持ちはずっと持っていた。
 それが澤田先生の電話でポンと一つ区切りがついたような感じだった。
 それから私の4度の手術を担当していただいた3人の外科医(部長)にアポイントメントを取り、改めて自分の手術についてインタビューをすることにした。昨日は2度の肺転移手術を手がけてもらった河野匤先生に2時間余にわたり話を聞いた。また、実際に手術の映像もじっくりと見た。こうして私の大腸がんから肺転移、肝臓転移の物語を事実に基づいて書き上げようという決意が固まってきた。一応来年3月までには脱稿したいと思っている。そのためには講演などのスケジュールは完全にシャッタウトしなければならない。
 やります!!(決意表明のつもり)

2010年11月21日日曜日

ご無沙汰です。

暫くと言っても相当長い間ブログ書いてないなぁ!この間にもいろんなことがありましたねぇ。それはちょうど『方丈記』の書き出しを思い起こさせます。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし」 新しいニュースが現れ何日間か世間を賑わせたかと思うとまた次の出来事が・・ほんとに『方丈記』の世界ですねぇ!
私事では相変わらず週に三回きっちりとトータルワークアウトに通って筋肉を鍛えています。
やっぱり人間、筋肉ですねぇ。人間の肉体を中心で支えているのは背骨を初めとする骨の数々ですが、その骨も筋肉がしっかりと包み込んで支えてくれないとちゃんと機能しません。
いつもジムで顔を合わせる清原さんのように筋骨隆々とまではいきませんが、トレーニング始めて七ヶ月、わたしにも少しは筋肉がついたような気がします。 体がしゃんとすれば心もしゃんとする、はずです。 11月13日には船橋市の宮本町公民館でピアニスト鬼武みゆきさんといつものように「即興」をテーマにライヴをやりました。300人くらいのお客様には楽しんで頂けたと思います。またどこかでやります。 さて、本業テレビではテレビ朝日「ザ・スクープスペシャル」が11月23日午後2時から。あの「よど号」事件から40年目の真実を放送します。是非ご覧下さい。

2010年10月2日土曜日

検察の犯罪

たった今、魚住 昭氏の著作『冤罪法廷〜特捜検察の落日』(講談社)を読み終わったところだ。一気に読んだ。
 9月2日発行の本なので、大阪地検特捜部を舞台に繰り広げられることになる、証拠改ざん事件をめぐって特捜部長、副部長、主任検事の三人が逮捕される事実までは含まれていない。
しかし、この本には裁判のやり取りが詳細に記述され、特に裁判官三人が最後に証人として出廷した検事を厳しく詰問するくだりは興味深く読んでしまった。
 それと新聞やテレビは知らんぷりをしているが、魚住氏は大阪特捜部のこの事件を捏造する手口と東京地検特捜部の西松事件と陸山会事件で小沢一郎を狙い打ちにした手口は全く同じだと指摘している。ここはこれから東京でもメディアが直面することだと思う。興味深い指摘だ。
 最後に魚住氏は20年ほど前のこととして共同通信記者のころのことを語っている。当時は魚住氏も「特捜の正義」の心酔者だった、という。そしてこう書いている。
「私の特捜観を最終的に決定づけたのは、すでに述べた、大阪高検公安部長の三井環が大阪地検特捜部の手で口封じ逮捕された事件(02年4月)だった。検察は組織を守るためならどんな非道なことでもやってのける。それを目の当たりにして私は恐怖に慄いた」
その三井さんが逮捕されたのは検察の裏金問題で私がインタビューする日だった、というのも何か因縁を感じる。