2010年8月14日土曜日

核の傘

 どうしても聞き捨てできない言葉がある。
 先日広島で秋葉市長が「核の傘」からの離脱を求めたのに対し、菅総理大臣が記者会見で「現状では核の抑止力は引き続き必要である」と述べたことについてだ。
 菅総理大臣が言いたかったことは、北朝鮮が今や核弾頭とミサイルを保有する朝鮮半島をめぐる現実と、さらには中国やロシアが核ミサイルを大量に保有している状況下では日本はアメリカの核の傘の下で守られていなければならない、と言うことだろう。
 まず、本当に日本はアメリカの核に守られていなければその3国の内どの国にか核攻撃を受ける可能性があるのか?この疑問に納得がいく答えが無い限り菅総理大臣の言葉は意味が無い。
 この3国のうち最も可能性がありそうなのは北朝鮮だろう。これまでも日本上空を越えてミサイルが飛び太平洋上に落下しているので、北朝鮮のミサイルが日本を照準にミサイルを日本領土内に撃ち込むことは可能と考えられるからだ。確かに技術的には可能かもしれない。しかし、問題は技術ではない。ミサイルを撃ち込む動機ー必要性だ。どう言う理由から北朝鮮は日本にミサイルを撃つ必要性があるのか?新聞などメディアはこの技術可能性だけを論じて今にも北のミサイルが日本に降って来るようなことを言うが、肝心の動機については殆ど無視しているのが実情だ。
 北朝鮮が日本に期待しているのは賠償金という名の資金だ。
 その金庫蔵を核で潰して何の意味があるのだろうか?
 日本の自衛隊と戦闘状態になる必然性もない。
 問題があるとすれば在日米軍基地の存在だ。
 ここから通常兵器でも米軍の攻撃が将来北に加えられることがあればその報復として、北朝鮮が核ミサイルで在日米軍基地を攻撃して来る可能性は捨てきれない、と言うことが出来る。そう言う意味では日本における米軍の存在が安全保障ではなく、逆に危険因子として意味が出て来るのだ。
 つまり、核の傘は同時に核のターゲットでもあるという現実だ。
 核の傘に守られるとしか誰も言わないが、実はこの核のターゲット論こそ私たちがちゃんと認識しておかなければならないことなのだ。
 それは、可能性としては非常に低いが中国やロシアだって同じ問題を孕んでいるということだ。
 実は私はこうした「核の傘=核の標的」の現実を取材中に思い知らされたことがある。これまであまり言ってこなかったが、今回の菅総理大臣のあまりに能天気な言葉を聞くにつけこれは事実をキチンと紹介しておくべきだと思い、以下に述べたいと思う。

 私たち「ザ・スクープ」の取材チームが旧ソ連のシベリアにあるICBMの基地の街に入ったのはソ連が崩壊する直前の1990年夏頃だったと思う。そこはバイカル湖の近くイルクーツク空港から車で4〜5時間走ったシベリアのど真ん中、それでもシベリア鉄道の沿線の街だった。人口は5万人くらい、住民の大半がミサイル基地の仕事に就いている、文字通り基地の街だった。ソ連のICBM(大陸間弾道弾)の基地はシベリア鉄道に沿っていくつも設置されていた。それはミサイルや核弾頭、その他人員や物資を運送するのに便利だからだ。
 ICBM基地に西側のメディア、特にテレビカメラが入ったのは初めてだったと思う。 
 殆ど自由に基地内部を取材することが出来、ミサイル部隊の将兵にも自由にインタビューすることも出来た。カメラが入れなかったのはミサイルの発射司令塔の中だけだった。
 基地内部の最もセンシティーブな部分、ミサイルのサイロも取材出来たが、地下に縦に掘ったサイロ=格納庫にミサイルが鎮座しているのを見るのは勿論初めてで、興奮したのを覚えている。なにしろ、このミサイルに核弾頭を積んで発射させれば地球上のどこでも広島型原爆の何倍もの破壊力を持った核兵器で攻撃出来るのだから。こうしたサイロは何カ所もあってサイロごとに司令塔が付属していた。また、サイロの中に鎮座しているミサイル(大陸間弾道弾)
はいくつか種類があってそれは射程距離の違いで区別されているようだった。
 あるサイロの傍でソ連軍の将校に聞いた。
 「ここのミサイルはどこを照準にして格納されているのか?」
 「アメリカ本土である」
 「ではここから発射した場合どのくらいの時間でアメリカに届くのか?」
 「大体30分である」
 「ヘェー 30分でワシントンとか攻撃出来るのか?」
 「もちろん、アメリカの主要なターゲットは30分以内で攻撃出来る』
 勿論通訳を入れての会話だったが、私は自分が冷戦の最も大事な部分に立っていることを実感してちょっと身震いするような気分だった。
 また、別のサイロの近くのオフィスでソ連軍将校に質問した。
 「ここはどんな方のミサイルなのか?」
 「ここは中距離ミサイルのサイロだ」
 「中距離ではアメリカには届かないはずだが、ここのミサイルの照準はどこに向けられているのか?」
 この時その将校はにこりともせずに壁に貼ってあった地図上の一点を指差した。
 「ここだよ!」
 次の瞬間私は文字通り目を剥いた。
 「ええっ!!!!!???」
 その地図上の一点とは沖縄だった。
 私は自分の浅はかさを呪った。
 ソ連軍にとって軍事上の敵、アメリカは何もアメリカ本土内にいる訳ではないんだ。最もソ連に近い所にいるのは日本であり、西ドイツ(当時)やイタリアなどの米軍基地なのだ。
 それにしてもソ連のミサイル核弾頭弾が常時日本の米軍基地を狙っているとは思ってもいなかった。これは恐らく日本人ほとんどがそう思っていたに違いない。政治家だってそうした事情をどこまで知っていたか?疑問である。
 冷戦体制の中日本はアメリカの核の傘の下にて守られている代償としてソ連の核の標的だった、という冷厳な事実を今こそ日本人は知らなかればならない。
 こう言う歴史的な事実を知れば、菅総理大臣がいう「核抑止力」などという物がいかに現実無視のお寒いものか分るだろう。
 唯一の被爆国、日本の総理大臣は「核の傘」とか「核抑止力」などという寝言を言わず、敢然として核廃絶の先頭に立つことを表明するのが務めなのではないか!?